ソウルに出て高校生になった時, 自立を始める. そればかりか, 故鄕の父母, そして友人にも支援のお金を送り, 後にはソウルに友人達も呼び寄せて共に學んだ. 　

  １９５０年, 朝鮮戰爭勃發. ソウル大學法科二年生. 十九歲の時である. ３８度線に近い金浦はたちまち共産軍の手に落ちた. 曺熙星さまは, 金浦に戾り, ひるまず人びとを勵ました. 日曜日, 禮拜を告げる敎會の鍾を打ち鳴らしたという理由で捉えられ, 夜を徹して神, ハナニムを捨てよと拷問を受けた. 耐え拔いた半死半生の體は鎖で*がれ, 憂國の志士達に交じって少年一人犬のように引きずられ, 北へ連行された.

  １か月後元山に着いた. １０００名の捕虜達は, 欺に３００人に減っていた. 晝は木陰に身を潛め, 夜になると步き出す. 飮食物は一切與えられない死の死行である. 捕虜達は草や木の根を食べ, 耐え難い渴きを癒す爲尿すらも口にした.

  元山には死だけが待っていた. 思想を轉向すると云いさえすれば助かるのか. どうせ生かしはしない, 殺されるならいっそ脫走をと試みるが捕まり, またもや殘忍な拷問にあう. だが, どうして神,　ハナ二ムを捨てる事が出來ようか？ 死刑宣告は銃殺刑を告げられた.

 甘露

  死者となる捕虜達は自分の爲に粗末な墓を掘らねばならなかった.幅廣く深い溝, その前に幾人かが一列に立たされ, 銃殺と同時に穴に倒れ落ちる. 一日に幾度も繰り返された.自分の番が來た. 頭の中はうつろである.

  射擊地点1から30メ-トル離れた.溝の前に立った時, 父と母, 兄弟姉妹, 友人達の顔が走馬燈の樣に浮かんで消えた. 懷かしい人達との別れの瞬間であった.體中が瘦れていた. 瞼は重い. 體の上に乘っている重いものは死體と砂であった.なぜ呼吸をしているのか? シャツの襟が鼻を覆っていた.

  首に傷があるらしく痛むが, 命に別狀はない. 神,　ハナ二ムがそうなさったと氣づいた.生死を分ける闇の中をひたすら步いた. 星明りに見れば木木の無い所に來た事を知った.星空を仰いで座り, 神,　ハナ二ムと問答をするごとく祈った. こうまでして私が生きてなすべきは何なのでしょうと. 突然, 大きな赤い光が自分の胸を目がけて飛んで來た.

  警く間もなく體中燃えるように熱くなり力が漲った. なんという出來事. 新たな出發であった.民家が見える所に來た. 夜明けの民家に人氣はなく食べ物も見當たらない. 闇の中を方向も分からず步いたために更に北に入っていた.敎會があった. どうか受け入れてほしい. 入って見ると娘が一人いて父は牧師であるが廢人同樣となり, 兄二人は共産黨の兵士となって夜まで歸宅しないという.

  地下室に隱まわれ, やがて國連軍が來て平壤が修復されるまで暮した.民間人も組織を作り共産軍を掃討する日が來た. 長い逃亡生活の中でもはや靑年には見えない程に譬も生えていて討伐隊長に推された. 多くの共産軍の捕虜を捉えた.隊員たちは銃殺刑を以て報復しようと叫ぶ.

  曺熙星さまは隊員たちに報復しようとする間違いを訴え, 歷史の前に同民族の受難を乘り越える事の大切さも訴え, 語る者, 聞く者, 共に漏を流し5000人の捕虜達を無傷で國連軍に引き渡した.ところが, 過激派の反共靑年が, 「曺熙星は實は共産主義者である」 と軍に密告し, 爲に, 取り調べも受けることなく共産軍を收用する捕虜收容所に送られた. そこは逃れる事の出來ない收容所, 一つの地域社會であった.

  ＂討伐隊長が入って來た！＂たちまちうわさは流れ, またもや血みどろの生活, 潛り拔けたリンチは數十回に及んだ. 或る晩, 眠りに就くころ, 誰かの聲が耳元で利いた. 「明日の夜は此處に寢るな！お前に借りがあるから敎える」 と. 後に聞いた話では, 自分が寢ていた場所で誰かが殺された. しかも, 顔も形もない程にやられたという.

  姿を變え, 顔を汚し, 別人の樣に行動する他はなかった. だが, しかし, 一體, 何時まで無事で居られるのか. と, ついにその日は來た. 建物の曲がり角で出會いがしらにぶつかった相手はまさしく顔見知りの共産黨員だった. 「曺熙星が生きてるぞ-」 その聲を聞きながら行く手の鐵條網に向かって夢中で走った.

  血まみれの手も厭わず高い有刺鐵線を越える時, 誰かの投げた石が後頭部に當り, 氣を失って高い崖から下の水の上に運よく落ちた. 戰亂の統治下, 間違って捕虜とされた反共の人達は, 自分の命を自ら守る以外に方法が無い事を曺熙星さまは軍部に訴え,　死地で暮らす恐怖から救出する爲に二人の部下を得て再び收容所を潛入する.

  濟州道, 巨濟島, 次次と掌握し, 救った反共の人びとの生命の數は2000名を越えた. 陸軍本部はこの決死的快擧を 「鐵條網を越えて」 と題した映畵を製作している. 再び學業生活に戾った. だが, 國を守るという事, 家族を失った人びと, 取り分け兩親を失った次世代の子供たちの姿を見つつ, 次世代への責任も重ねて果てしなく廣がる熱い想いの中に,折しも, 國家が募る陸軍に身を委ね, 更に晝は民間の靑年たちに, 夜は深夜まで軍人靑年たちに無償の授業を贈り續け, 出世を望まない多忙な下級將校の日びを送っていたが, そんな頃, 南山の麓で一人の人物に出會った.   

  やがて師となった方の願いで軍役生活を退いた. 師なる方は朴泰善と言い,神, ハナニムの靈を宿した方であった. それだけではなく曺熙星さまが道通するまでの, 偉大な, 偉大な師であったと聞く. 曺熙星さまの最後の鍊鍛というべきか, あの北韓の地でおぼろげながら知った神, ハナニムのみ心を, 朴泰善という方は更にその上を步ませられる, 人里離れた谷間で, 嘗ての拉致,　拷問, 軍隊でのいじめ等は, いとも容易く思われるほどの, 人として到底耐えがたい死の影のよぎる過酷な道のりが始まっていた.

神の人となった道通のその日は1980年10月15日,　曺熙星さま50歲の時であった.*  終り